ロンドン・パンクの雄、ダムド。
パンク・ロックの本質を持ちながら、パンクの過激さに 独自のユーモアを加え、ファンキーなパンク・ロックを 披露した。
パンク・ロックというよりも活力旺盛な独自の ロックンロール及びポップ・ソングをリリースし、 大ヒットを記録。ダムドはロンドン・パンクの 核をとらえてはいないが、 パンク・アティチュードを持った先鋭的なバンドだ。 そして、ロンドン・パンクの 代表的なバンドである。
初期メンバー
デイヴ・ヴァニアン・・・ボーカル
ブライアン・ジェームズ・・・ギター
キャプテン・センシブル・・・ベース
ラット・スケイビーズ・・・ドラム
「法律がなければ、犯罪なんて存在しない しゃくに触る
サツの連中もいなくなる」
By"ニート・ニート・ニート"
キャプテン・センシブル(ベースで後にギター)と ラット・スケイビーズ(ドラム)が 共にバンド活動を開始し、デビュー前のセックス・ピストルズに 影響を受け、髪を短髪にしてシンプルなロックを披露するようになる。 これがダムドの原型だ。
77年、デイヴ・ヴァニアン(ボーカル)
、ブライアン・ジェームズ
(ギター)、キャプテン・センシブル、ラット・スケイビーズの
4人でダムドはデビュー・アルバム"地獄に堕ちた野郎ども"を
リリース。このアルバムはダムドの代表作であり、
シンプルなサウンドに若者の病んだ日常を描いた歌詞を
乗せて歌っている。
同年にルー・エドマンズ(ギター)が加入し、
アルバム"ミュージック・フォー・プレジャー"をリリース。
78年、ダムドは一旦解散するが、 ブライアン・ジェームズの代わりにアルギー・ワードを加えて 再結成。
79年、アルバム"マシンガン・エチケット"をリリース。 このアルバムはデビュー作と並んでダムドの代表作だ。 内容はポップ・サウンドが全開であり、シンプルなポップ・ソング を収録している。若者のフラストレーションを爆発させ、 パンク・ムーブメントを楽しむダムドの姿勢が現れている。 また、クラッシュなどの政治的メッセージが強いバンドと 好対照をなしていた。 この頃がダムドの全盛期であり、パンク・ムーブメント終了後に ダムド人気も終息していくことになる。
この後のダムドは人気の降下に陥り、メンバー交代や
それぞれのソロ活動が活発化していく。
それでもダムドは解散せずに活動を続けた。
80年にアルバム"ブラック・アルバム"をリリース、
82年にアルバム"ストロベリーズ"をリリース、
85年にアルバム"ファンタスマゴリア"をリリース、
86年にアルバム"エニシング"をリリース、
95年にアルバム"暗闇のロックンロール"をリリース、
01年にアルバム"グレイヴ・ディスオーダー"をリリースした。