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スマッシング・パンプキンズ(Smashing Pumpkins)

90年代オルタナティヴ・ロックの雄 スマッシング・パンプキンズ

フロントマンは自己中心的で気取り屋かつ天才のビリー・コーガン。

ニューウェイヴ的なポップスや叙情的な曲を持つオルタナティヴ・ロック ・バンド。悲しく、虚しく、自滅的だが それでいて楽しさを持つ曲はグランジ・シーンの中で際立っていた。

オリジナル・メンバー
ビリー・コーガン・・・ヴォーカル、ギター
ジェームス・イハ・・・ギター、ヴォーカル
ダーシー・レッキー・・・ベース、ヴォーカル
ジミー・チェンバレン・・・ドラムス、パーカッション

スマッシング・パンプキンズの歴史Ⅰ

ビリー・コーガン

ビリー・コーガンは1967年3月17日生まれ、 アメリカのイリノイ州出身。 幼少時に両親離婚後、継母に虐待を受け育った。 少年の頃からギターの練習をし、バンド活動を始める。 精神混乱に陥りながらも音楽活動を続け、 ジェームス・イハと出会い、”スマッシング・パンプキンズ” を結成する。

様々な人間に「自分のことしか頭にない」と言われる コーガンだが、いかしたユーモアの持ち主でもある。 ある新聞で「ピエロ見たいだ」と皮肉られると アンコールでピエロの格好をして登場してきたことがある。

88年にシカゴでビリー・コーガン、ジェイムス・イハ、 ダーシー・レッキー、ジミー・チェンバレンの4人で ”スマッシング・パンプキンズ”を結成。

この頃、ビリー・コーガンは後にカート・コバーンの妻と なるコートニー・ラヴと交際していた。 今でこそイカツイおばさんとなっているコートニーだが この頃は絶世の美女だった
コートニーはブレイク前のスマパンをソニック・ユースと ニルヴァーナに紹介した。その後、 スマパンはニルヴァーナの前座をしている。
2人の関係はコートニーがカートと付き合うまで、 途切れ途切れの不安定な関係で続いた。
また、カートは自殺前までずっとコートニーと コーガンの浮気を疑っていた。

91年、デビュー・アルバム"ギッシュ"をリリース。 このアルバムによってスマッシング・パンプキンズは グランジに分類された。ジャーナリストからは おぞましいと言われる出来だ。

93年、アルバム"サイアミーズ・ドリーム"をリリース。 全米7位を記録したスマパンのブレイク作。 名曲"トゥデイ"を収録している。

スマッシング・パンプキンズの歴史Ⅱ

スマッシング・パンプキンズ

95年、アルバム"メロンコリーそして終わりのない悲しみ"をリリース。 このアルバムはスマッシング・パンプキンズの最高傑作。 全米1位を記録し、大ヒットした。 ゴス、ハード・ロック、ニューウェイヴなどを スマパンらしく混ぜ合わせ、どこか異世界を表したような 作品となっている。90年代オルタナティヴ・ロックの金字塔だ。

96年、ジミー・チェンバレンがドラッグ問題を理由に脱退。 ボックス・セット"ジ・エアロプレイン・フライズ・ハイ"をリリース。

98年、アルバム"アドア"をリリース。 ギター・ロックではなくエレクトロ・ポップを多様したアルバム。

99年、ジミー・チェンバレンが復帰。 ダーシー・レッキーが脱退。メリッサ・アウフ・ダー・マウア (ベース)が加入。

00年、アルバム"マシーナ/ザ・マシーン・オブ・ゴッド"を リリース。前作同様エレクトロを多様したアルバムだ。
そして、スマッシング・パンプキンズ は解散を発表。

06年にビリー・コーガンがスマッシング・パンプキンズの復活を 表明。

07年に再結成を果たし、メンバーは ビリー・コーガン、ジミー・チェンバレン、 ジェフ・シュローダー(ギター)、ジンジャー・レイズ(ベース、 バッキングボーカル)、リサ・ハリトン(キーボード、 バッキングボーカル)となった。
そして、アルバム"ツァイトガイスト"をリリース。 復活作にして傑作。イハとダーシーは参加していない が"世界終末時計"から始まるこのアルバムは必見。

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