ROCK(HOME)>POP PUNK/MELODIC HARDCORE

ビリー・ジョー・アームストロング トラヴィス・パーカー

デクスター・ホーランド

94年からメインストリームの音楽となり、以降のアメリカ・ロック・シーンで 活躍している ポップ・パンク/メロディック・ハードコア

ポップ・パンクとはパンク・ロックにポップさを 加えたものであり、キャッチーなメロディで パンク・ロックをメインストリームに移した。

メロディック・ハードコアとは文字通り ハードコアにキャッチーなメロディを加えたものであり、 元々ポップ・パンクとは違うジャンルであったが 現在ではポップ・パンクと同じように扱われている。

ポップ・パンクは現れた当初も現在もキッズ達に絶大な人気がある。 世界で最もキッズに人気のある音楽と言っても過言ではない。 理由はシンプルで短くキャッチーなメロディを展開することや グリーン・デイなどを別にすれば明快な恋愛ソングやパーティ・ソングが 多いことがあげられる。

初期のポップ・パンク・バンドであるグリーン・デイ やオフスプリングは パンク・ロックのアイデンティティを継承し、パンクの過激さや政治的な曲を 持っているが、後に出てきたポップ・パンク・バンドは恋愛や友情を歌うパターンが多い。

ポップ・パンクは人気が出てきた当初から、 従来のパンク・ロッカーやパンク・ロック・ファンから 「そんなのパンクじゃない。」などと言われ、攻撃の対象にさらされていた。 理由はやはりパンク・ロックにしてはメロディがポップすぎることや 姿勢が商業的なことなどが挙げられる。 そのため、グリーン・デイもオフスプリングも元々自分たちの音楽を ”パンク・ロック”と呼んでいたにも関わらず勝手に ”ポップ・パンク”と名付けられてしまった。
現在でも従来のロック・ファンの中にはポップ・パンクを毛嫌いする者が多い。 特にイギリスではその傾向が強いが、イギリスでも人気があることはたしかで、 05年6月にミルトンキーンズ・ボウルでグリーン・デイが史上最大のパンク・ギグを行った。

ポップ・パンクが現れて10年以上経つが現在でもフォール・アウト・ボーイような 新たなポップ・パンク・バンドが現れ続け、チャートを潤している。

ポップ・パンク/メロコアの歴史

バッド・レリジョン トレ・クール

デリック・ウィブリー

ベンジー・マッデンとパリス・ヒルトン

ポップ・パンクは90年あたりから徐々に現れ出し、 カード・コバーンが死去し、グランジ・ブームが衰退に向かった 94年に大ブレイクを果たした。

90年、バッド・レリジョンがアルバム"アゲインスト・ザ・グレイン" をリリース。このアルバムでバッド・レリジョンはこれからの パンク・ロックの進むべき道を示した。

92年、スナッフがアルバム"リーチ"をリリース。 スナッフは英国のパンク・バンド。 この時期の英国バンドと言えばマッドチェスターか ブリット・ポップの前進バンドがほとんどだったため スナッフは世にも珍しいバンドだった。

94年、この年がポップ・パンクがメインストリームの音楽となり、 巨大化した記念すべき年。
グリーン・デイがアルバム"ドゥーキー"をリリース。 このアルバムはポップ・パンク史上初の大ヒットを記録。 シングル"バスケット・ケース"も同じく大ヒット。 当時はグランジ/オルタナ系の音楽が主流を極めていたため、 ポップ・パンクのような音楽がメインストリームに現れたのは 衝撃的だった。
そして、オフスプリングのアルバム"スマッシュ"が大ヒット。 このポップ・パンク・アルバムはインディーズ作品であるにもかかわらず、 1000万枚を超える大ヒットを記録。 この後、インディーズ・レーベルのエピタフからメジャーへ移籍することになる。
また、同年にNOFXがアルバム"パンク・イン・ドラヴリック"をヒットさせ、 ポップ・パンク/メロコアが一躍世界規模の音楽となる。
だが、「パンクを産業に使うな」といった批判も多く、94年8月に ウッドストックに出演したグリーン・デイは観客から泥を投げられた。

95年にランシドがアルバム"...アンド・アウト・カム・ジ・ウルブス" をヒットさせる。96年にはフェイス・トゥ・フェイスのアルバム"フェイス・トゥ・フェイス" がヒット。

その後、ポップ・パンクは勢いを失うかに見えたが、 99年にブリンク182がアルバム "エニマ・オブ・アメリカ"を大ヒットさせる。 ブリンク182は一時アメリカ屈指の人気バンドとなった。 また、同99年にフェニックスTXがアルバム"フェニックスTX"をリリースし、 ヒットを記録。

00年、ミレンコリン、MXPX、ザ・ヴァンダルズ、メストがそれぞれ アルバムをヒットさせた。

01年、シュガーカルトSUM 41がそれぞれブレイク。 SUM 41は後にカナダ屈指の人気バンドとなる。

02年、マッデン兄弟率いるグッド・シャーロットの アルバム"ヤング・アンド・ホープレス"が大ヒット。 同年にシンプル・プランがアルバム"シンプル・プラン"で大ブレイク。

04年、グリーン・デイのアルバム"アメリカン・イディオット"が爆発的 大ヒットを記録。このアルバムはポップ・パンク史上最高傑作と言われ、 グリーン・デイとポップ・パンクを再び頂点に立たせた偉大な作品。"ホリデイ"や"ブルーヴォード・オブ・ザ・ブロークン・ドリームス"など代表曲を収録している。

05年、フォール・アウト・ボーイがアルバム"フロム・アンダー・ザ・コーク・ツリー" で大ブレイクを果たした。 彼らは07年にもアルバム"インフィニティ・オン・ハイ"とシングル"サンクス・フォー・ザ・メモリーズ"を大ヒットさせた。

06年、オカルト系ポップ・パンク・バンドのマイ・ケミカル・ロマンスのアルバム"ザ・ブラック・パレード"が大ヒット。"ウェルカム・トゥ・ザ・ブラックパレード"は彼らの代表曲。

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ポップ・パンク・アーティスト一覧

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