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スリップ・ノットのシド・ウィルソン ジョナサン・デイヴィス

フレッド・ダースト

90年代半ばから02年頃まで全盛を極め、 ロック・シーンの主役を飾った ヘヴィ・ロック/ラップメタル

ヘヴィ・ロックはグランジ・ロックの衰退と共に メインストリームに現れた。 オルタナをもっとヘヴィに し、派手さを加えたロック。 グランジと同じくどちらかというとネガティヴであり、 歌詞も憎悪や渇望を表したものが多い。 グランジと違うところは一般的成功を受け入れ、 ライヴもエンターテイメント性があり、一つのショウといった内容。 ヘヴィ・ロックのことを別名”ニュー・メタル”と言う。

ヘヴィ・ロック・シーンはヘヴィ・ロックの象徴であるコーンを代表に、 トゥール、マリリン・マンソン、 スリップノットなどが ヘヴィ・ロックのトップ・バンドとなっていった。

ラップメタルはミクスチャー・ロックから派生した 音楽。ヘヴィなロックにラップを乗せ歌う。 全盛期は00年前後であり、短い期間だが 一大ブームメントを巻き起こした。 ラップメタルのことを別名”ラップ・ロック”と言う。

80年代半ばにビースティー・ボーイズが 白人キッズ達にヒップ・ホップを届けた。 その後はレッド・ホット・チリ・ペッパーズや レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなどが ラップ・ロックの旗手として活躍。 そして、ラップメタル(ラップ・ロック)が全盛を 極めたのがリンプ・ビズキットの登場だった。 リンプ・ビズキットはラップ・メタルの象徴となり、 リンキン・パークも後に続いて大ヒットを飛ばした。

ヘヴィ・ロック(ニュー・メタル)とラップ・メタル(ラップ・ロック) は大きく分けると同じジャンルであり、共に 世界のロック・シーンを活性化させた。

ヘヴィ・ロック/ラップメタルの歴史

コーンのデビュー・アルバムの
ジャケット

リンキン・パークのチェスター・ベニントン

94年、ロック界最後の革命家カート・コバーンが自殺した。 そして、シアトルを中心としたグランジ勢が衰退していった。 オルタナティヴ・ロック・バンドが新たなアプローチを見せる中、 アメリカではポップ・パンクが、イギリスではブリット・ポップが 全盛を極め始め、ポップを嫌う者たちはやはりグランジの ようなヘヴィなロックを求めた。
グランジが一気に影を潜め始めた94年にコーンが アルバム"コーン"をリリース。 ヘヴィ・ロックがメインストリームに進出を開始した。
また、コーンより1年前にミクスチャー的志向の強いヘヴィ・ロック・バンド、 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンがアルバム"レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン" でデビューしていた。

95年、ホワイト・ゾンビがアルバム"アストロクリープ:2000"を ヒットさせる。95年のロック・アルバムと言ったらオアシスの"モーニング・グローリー" だが、インダストリアルとハード・ロックを合わせたこのアルバムも名盤だ。

96年、マリリン・マンソンが アルバム"アンチクライスト・スーパースター"をリリース。 キリスト教に対して怒りを露骨にしたこのアルバムでマリリン・マンソンは大きな避難を浴びたと共に トップ・アーティストとなっていった。
同年にトゥールがアルバム"アニマ"をリリース。プログレッシヴ・メタルという ジャンルの代表であるトゥールは別次元を感じさせる 世界観で他のヘヴィ・ロック勢とは一線を画していた。
また、セパルトゥラが名作"ルーツ"をリリースした。

この頃のロック・キッズは大きく3つに分かれていた。 ポップ・パンク派、ブリット・ポップ派、そしてヘヴィ・ロック派と いったように。

99年、リンプ・ビズキットがアルバム"シグニフィカント・アザー"をリリース。 リンプ・ビズキットの登場は衝撃的であり、 フレッド・ダーストのヒップホップ・ファッションと アクセル・ローズ並のスキャンダラスな言動や行動は各地で話題となった。 そして、リンプ・ビズキットの登場によってラップ・ロックは全盛を迎え、 ラップメタル・ブームが誕生する。
また、同年に新たなヘヴィ・ロック・バンド、スタティック-Xが アルバム"ウィスコンシン・デス・トリップ"をリリースした。

00年、デフトーンズがアルバム"ホワイト・ポニー"を、 ソウルフライがアルバム"プリミティヴ"をそれぞれヒットさせた。
同年にリンプ・ビズキットがアルバム"チョコレート・スターフィッシュ・アンド・ ザ・ホット・ドッグ・フレイヴァード・ウォーター"をリリースし、爆発的大ヒットを記録。シーンの代表曲"ローリン"と"テイク・ア・ルック・アラウンド"を収録している。

01年、リンキン・パークがアルバム"ハイブリッド・セオリー"を リリースし、大ヒットを記録。リンキン・パークはリンプ・ビズキットと並び ラップ・メタルの代表格となった。
同年に社会派バンド、システム・オブ・ア・ダウンがアルバム"毒性"をリリース。
そして、ヘヴィ・ロックの新たな代表格となるスリップ・ノットが アルバム"アイオワ"をリリースし、大ヒットを記録。

02年にはディスターブドがアルバム"ビリーヴ"を、 パパ・ローチがアルバム"ラヴヘイトトラジディ"をそれぞれヒットさせた。
この頃からヒップホップ・ブームが訪れ、ヘヴィ・ロック/ラップ・メタルは 人気低下に陥るが、現在でもヘヴィ・ロック/ラップ・メタル・バンドの 大半はメインストリームで活動を続けており、 全盛期ほどではないが人気を維持し続けている。

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ヘヴィ・ロック/ラップメタル・バンド一覧

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