パンク・ムーヴメントの中から異彩を 放って現れたメロディ・メイカー、 エルヴィス・コステロ。
卓越したポップ・センス、シンプルで独自のロック、一流の皮肉りと サッチャー政権への批判を表した歌詞などで 人気を得た。パブ・ロッカーの代表格としても活躍し、 ロンドン・パンク・ムーブメント及びニュー・ウェイヴ期に 全盛期を迎えた。その後はソウル・ミュージックにも 似たサウンドやジャズの吸収、アメリカン・ポップス、R&B、カントリー など幅広い音楽を提示しながら英国ロックの巨匠として活躍している。
シンガーソングライターとしての能力は抜群であり、 パンク・ムーブメント時には他ロッカーの群を抜いていた。 英国に根付くパブ・ロックを引き継いでおり、史上最高のパブ・ロッカーと評される。 歌詞は幅広く、当初はパンクの影響からか社会に対する反骨精神や皮肉が目立っていたが 後に自身の感情や日常生活を描いた歌詞職人となっていった。 コステロは独自のポップ・ソングを数十年作り続けてきており、 この姿勢はおそらく死ぬまで続くだろう。
アーティスト名”エルヴィス・コステロ”の由来は エルヴィス・プレスリーとアボット・コステロを 掛け合わせたものである。
「自分で自分を抱きしめながら だけど、ここはミニスカートでちゃらちゃら
する場所じゃない 死刑だぞ、使い古されたモデルなんか
名前はナターシャ、だけど見かけはどちらかというとエルシー
もうチャルシーになんか行きたくない」
By"(アイ・ドウント・ワント・トゥ・ゴ・トゥ)
チェルシー"
エルヴィス・コステロは1954年8月25日生まれ、 ロンドン出身。 父はヴォーカルも担当するトランペット奏者で、 母は大の音楽好きであった。 11歳のころに両親が離婚、リヴァプールに移住後、 ビートルズにのめり込む。 青年になると昼間働き、夜に音楽活動を行うようなる。 仕事が休日の日は曲を作りに励んだ。 パブ・ロック・バンド”フリップ・シティ” を脱退後、バック・バンド”ジ・アトラクションズ” を率いて、 77年にソロ・デビューする。
77年、デビュー・シングル"レス・ザン・ゼロ"をリリース。 その後、デビュー・アルバム"マイ・エイム・イズ・トゥルー " をリリースした。このアルバムはデビュー作にして、エルヴィス・コステロの最高傑作であり、 現在でも評価が高い名盤。名曲"アリスン"も収録している。サウンドはシンプルだが独自の音を出しており、 時代にも影響されている。
78年、アルバム"ディス・イヤーズ・モデル"を
リリース。前作の流れを引き継いでいる。8曲目に収録している"チェルシー"は
エルヴィス・コステロの代表曲。
79年、アルバム"アームド・フォーシズ"をリリース。
カリブなど幅広い音楽性を取り入れている。
80年、アルバム"ゲット・ハッピー"をリリース。
ポップ・ビートの効いたニュー・ウェイヴらしい作品。
81年、アルバム"トラスト"をリリース。
このアルバムはR&B色が強い。
同年にアルバム"オールモスト・ブルー"をリリース。
このアルバムはカントリー・バラードなどを
カヴァーした作品。
82年、アルバム"インペリアル・ベッドルーム"をリリース。
まさにニュー・ウェイヴと言えるポップ・アルバム。
83年、アルバム"パンチ・ザ・クロック"をリリース。
このアルバムもニュー・ウェイヴらしいポップ・アルバム。
84年、アルバム"クッバイ・クルエル・ワールド"をリリース。
この頃、アメリカではハード・ロック、
イギリスではニュー・ウェイヴが流行っていた中でリリース
され好セールスを記録したコステロの代表作。エルヴィス・コステロの代表曲"オンリー・フレイム・イン
・タウン"も収録している。
86年、アルバム"キング・オブ・アメリカ"をリリース。
このアルバムはアメリカ・ルーツ・ミュージック作品。
同年にアルバム"ブラッド・アンド・チェコレート"を
リリース。このアルバムはシンプルなロックンロール作品。
89年、アルバム"スパイク"をリリース。
ゲストが豪華なポップ・アルバムとなっている。
91年、アルバム"ミジヒティー・ライク・ア・ローズ"を
リリース。後期コステロの代表曲が収録されており、
前作同様ポール・マッカートニーと共演している。
93年、アルバム"ジュリエット・レターズ"をリリース。
綺麗なポップ・アルバムとなっている。
94年、アルバム"ビルタル・ユース"をリリース。
このアルバムはミッチェル・フルームとチャド・ブレイクがプロデュース
した力作。
95年、アルバム"ディープ・デッド・ブルー"をリリース。
様々なアメリカ・アーティストの曲をカバーした作品。
96年、アルバム"オール・ディス・アセレス・ビューティー"
をリリース。
98年、アルバム"ペインテッド・フロム・メモリー"を
リリース。映画音楽の制作やアーティストへの曲提供などを行ってきた天才音楽家バート・バカラックと共演したアルバム。
02年、アルバム"ホエン・アイ・ワズ・クルーエル"を
リリース。
03年、アルバム"ノース"をリリース。
04年、アルバム"デリヴァリー・マン"をリリース。
同年にアルバム"イル・ソーニョ"をリリース。
06年、アルバム"マイ・フレイム・バーンズ・ブルー"
をリリース。