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ユニオン・フラッグ

マンチェスター・メインロード

90年代英国音楽シーンの主役、ブリットポップ

英国バンドによる無敵のポップ・ソングの オン・パレード。
「またこの国はポップスを輸出しています。」と ニュース・キャスターが発言するなど、ブリットポップ期は 英国的ポップス、英国らしきバンドがチャートにも クラブにも溢れていた。

マッドチェスター、 ニュー・ウェイヴ期のポップ・ミュージック、 ザ・スミスのようなギター・ポップ、 キンクスのような英国らしさなどに影響を受け、 英国ロック、英国ポップスを全面に押し出したブームメントこそが ブリットポップだ。

94年に始まると瞬く間に英国中に広がり、 97年まで旺盛を極めた。 英国チャートはブリットポップ・バンドで溢れかえり、 社会現象と化した。若者たちは、ビールとドラッグでラリって、 サッカーの試合に行っては暴れ、自国のロックンロールを 愛した。

ブラー、オアシスのブリットポップ2大バンドは 世界規模のロック・バンドとなり、ブリットポップを引率した。

97年からブームは陳情化していき、デーモン・アルバーンによる「ブリットポップは死んだ」と いう発言によって一応終止符が打たれた。

ブリットポップの歴史

デーモン・アルバーン

ジャーヴィス・コッカー

ノエル・ギャラガー

90年前後、英国ではマッドチェスターが流行していた。 アシッド・ハウスをロックに取り入れ、ロックとダンスの融合と言われた マッドチェスターは一大ブームメントを巻き起こしていた。 この時期に活躍した多くのバンドがマンチェスター出身だったことから マンチェスター・ブームメントとも言われた。 マッドチェスター期に活躍したストーン・ローゼズプライマル・スクリームは 後のブリットポップ・バンドに多大な影響を与えたと共に、 ブリットポップ期にも活躍した。

92年からアメリカでグランジ・ブームメントが勃発。 ニルヴァーナ率いるグランジ勢が世界中のチャートを支配するようになり、 イギリスもそのブームメントに飲み込まれた。 グランジ・ファッションに身を包んだ若者が町に現れ、 暗く陰鬱な曲が英国でも流行した。

そんな中、英国らしきロックを取り戻そうとする動きが現れ、 英国的ポップ・バンドが活躍するようになる。
その旗手となったのがスウェードブラーだった。 93年、スウェードがアルバム"スウェード"でグランジに一石を投じ、 ブラーがアルバム"モダン・ライフ・イズ・ラビッシュ"で英国的サウンド を見せた。そして、ブラーは94年のアルバム"パーク・ライフ"を大ヒットさせたと共に ブリットポップ・ブームを呼び寄せた。
また、パルプがアルバム "彼のモノ・彼女のモノ"のヒットと共に大ブレイク。フロントマンの ジャーヴィス・コッカーは90年代英国で最も目立った男である。
同年にオアシスがデビュー・アルバム"オアシス"を大ヒットさせ、 ブリットポップは社会現象となっていく。
94年というブリットポップの始まった年には他にもエコーベリー、シェッド・セヴン などがポップ・アルバムをリリースし、ヒットさせた。

95年8月14日にはブラーのシングル"カントリー・ハウス"と オアシスのシングル"ロール・ウィズ・イット"が同時リリースとなり どちらが1位をとるか注目を集めた。マスコミは「まるでビートルズ対ローリング・ストーンズ」、 「中産階級VS労働者階級」、「南部VS北部」といったように煽り、 国民的一大行事となった。 結果はブラーは勝ったが、オアシスのアルバム"モーニング・グローリー" が国内最多売上記録を更新し、オアシスが英国最大のバンドとなっていった。"ワンダーウォール"や"ドウント・ルック・バック・イン・アンガー"は英国の国民的ロック・ソングとなった。
また、この年には、エラスティカ、ジーン、ブー・ラドリーズ、スーパーグラス、 シャーラタンズ、メンズウェア、キャストなどが次々とアルバムをヒットさせ、 ブリットポップは絶頂期を迎えていた。

96年、ブリット・ポップの全盛期はこの年までと言われている。
オアシスがサッカーの最高峰マンチェスター・メインロードで 2日間に渡ってライヴを行った。
パルプがアルバム"コモン・ピープル"を 、スウェードがアルバム"カミング・アップ"を大ヒットさせた。パルプのシングル"コモン・ピープル"とスウェードのシングル"トラッシュ"もヒット。
この年には、マリオン、ブルートーンズ、オーシャン・カラー・シーン、 ノーザン・アップロアー、スリーパー、ドッジーなどが それぞれアルバムをヒットさせた。

97年、この年からブリットポップは衰退に向かう。
あまりにポップなだけのバンドやブームに便乗しただけの バンドが出てきたため飽きられてきたと言われている。 ブラーがこの年にポップ性を捨てた実験作であるアルバム"ブラー"を 大ヒットさせ、 シングル"ソング 2"も同じく大ヒット。ブリットポップ期にデビューしていたレディオヘッドが アルバム"OKコンピュータ"を大ヒットさせたことも 次の時代を予感させた。 同年に英国のトップ・バンドとなるトラヴィスがデビュー・アルバム"グッド・フィーリング"を リリースし、ブレイクを果たした。

こうしてブリット・ポップのブームは終わっていったが、 彼らの影響力は巨大であり、ブリットポップはその後の英国及びヨーロッパの 音楽シーンの流れを決定づけた。

ロックの歴史

マッドチェスター・アーティスト一覧
ブリットポップ・アーティスト一覧

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