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ロラパルーザ

90年代最大の主流音楽、オルタナティヴ・ロック

オルタナティヴ・ロックがメインストリームの音楽となったのは グランジ以後だが、誕生はグランジ出現前からだった。
オルタナティヴ・ロックに正確な誕生日はないが、 80年代初頭のニュー・ウェイヴ期に活躍したPILや ワイヤー、ディス・ヒートなどがオルタナティヴ・ロックの先鋭者と 言える。また、ザ・フォールやザ・スミスもオルタナの成長に大きく 貢献した。

80年代アメリカではメインストリームのハード・ロック・シーンの裏で インディー・ロックが流行し、R.E.M.やソニック・ユースが活躍した。

グランジ・ブームメントの到来と共に オルタナティヴ・ロックはメインストリームへ移り、 ベック、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、 ナイン・インチ・ネイルズ、 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなどがトップ・アーティスト となっていった。

90年代は2つの大革命があった。 1つはニルヴァーナが"ネヴァーマインド"で ハード・ロック勢を一部を除いて全滅させ、 グランジ/オルタナの幕を開いたこと。
2つ目はやはり”ロラパルーザ”だ。 ロラパルーザは90年代のアメリカ若者文化に多大な影響を与えたと共に オルタナティヴ・ロックの隆盛を後押しした。 ロラパルーザとは非メインストリームのバンドが出演するロック・フェスティバルを ツアー形式で行うという内容。 ロラパルーザは91年にペリー・ファレルが自身のバンド、 ジェーンズ・アディクションのラスト・ツアーとして企画したのが始まり。 ブレイク前のナイン・インチ・ネイルズやイギリスのスージー・アンド・ザ・バンシーズ などが出演し、徐々に人気を持ち始めていった。そして、92年からグランジの幕が開ける とグランジ/オルタナティヴ勢が多数出演し、巨大な影響力を持つフェスティバルとなる。 このフェスティバルはロックだけでなくヒップホップ・アーティストなども 受け入れ、様々な団体とも関与し、アートとも一体化していった。 ロラパルーザは新たなアメリカ若者文化の象徴となり、 様々なフェスティバルに影響を与えていった。

オルタナティブ・ロックの歴史

ベック

ナイン・インチ・ネイルズ

80年代、ロンドン・パンクはアメリカで成功しなかったが、 彼らのパンク・スピリットを受け継いだ一定の人々が インディー・レーベルを立ち上げ、インディー・ロックが アンダーグラウンドで流行。 ミニストリー、ピクシーズR.E.M.ソニック・ユースなど が活躍する。 彼らはUSインディーズとオルタナティヴ・ロックの基礎を作っていった。

そして、 R.E.M.とソニック・ユースが80年代末期から90年にかけて メジャーへ移籍。オルタナティヴ・ロックが アメリカでさらに浸透し始める。ソニック・ユースとR.E.M.は"ティーン・エイジ・ライオット"や"ドライヴ"など多数のオルタナを代表する曲を生み出した。

91年、ミクスチャー・ロックの先鋭者レッド・ホット・チリ・ペッパーズが アルバム"ブラッド・シュガー・セックス・マジック"をヒットさせ、 ブレイクを果たす。
同年にロック・フェスティバル、ロラパルーザが開始。

92年初頭、グランジ・ムーブメントが勃発し、 瞬く間に世界中の音楽シーンを飲み込んだ。 オルタナティヴ・ロックはグランジ・ブームに乗り、 チャートの上位に入り始めた。

93年、ハウスを取り入れた女性シンガー、ビョークがブレイク。 幅広い音楽性を持つ彼女もオルタナに分類された。
同年にラップとヘヴィなサウンドを重ね合わせた社会派バンド、 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンがアルバム"レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン" をリリース。収録曲"ウェイク・アップ"は彼らの代表曲。

94年、カート・コバーンの死と共にグランジ・ブームは終焉に向かう。皮肉にもこの年にオルタナの傑作が 数多くリリースされる。
ベックがアルバム"メロウ・ゴールド"とシングル"ルーザー"を 大ヒットさせる。ベックはオルタナティヴ・ロックの代表格となり、 "ルーザー"はその後の音楽シーンに変革を起こした。"ルーザー"は今でもオルタナの象徴と評されている。
ナイン・インチ・ネイルズのアルバム"ザ・ダウンワード・スパイラル"が 大ヒット。インダストリアルというジャンルが脚光を浴びる。このアルバムにはNINの代表曲"ハート"が収録されている。
ウィーザーがアルバム"ウィーザー"をリリースし、大ヒットを記録。 彼らはオルタナティヴ・ロック・バンドとしてパワー・ポップを披露し、人気を博した。

この現象を見て、ヒップホップ・グループのビースティー・ボーイズが オルタナ的作品を発表。
グランジに分類させていたスマッシング・パンプキンズも オルタナティヴ・ロック・バンドとして活躍。
また、グランジの雄であるパール・ジャムもグランジだけではない 幅広い音楽性を提示し始める。
ニルヴァーナのドラマー、デイヴ・グロールは フー・ファイターズを結成し、95年にデビュー。フー・ファイターズは キャッチーなオルタナ・バンドとして活躍した。

この他にもオルタナ・シーンにはヘルメットやプライマス、ペイヴメントなどがいた。

オルタナティヴ・ロックの全盛期は90年代半ばまで。 現在でも様々なオルタナティヴ・ロック・バンドがアンダーグラウンドでもメインストリームでも活躍している。 また、ミューズのような新たなオルタナティヴ・ロック・バンドも存在する。
グランジ・ロックとオルタナティヴ・ロックは実際には異なるが、大きく分けると同じジャンルであり、 グランジをオルタナティヴに含む批評家も数多い。

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オルタナティヴ・ロック・アーティスト一覧

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